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千葉家庭裁判所松戸支部 昭和38年(少)113号 決定 1963年3月23日

少年 S(昭二二・三・四生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(非行事実)

少年は東京都台東区○○××番地所在の△△高等学校○○科一年に在学中のものであつたが、

第一、昭和三七年一一月一一日行われた珠算実務検定に合格する自信がなかつたところ、校舎が焼ければ授業がなくなり不合格になつても先生から叱られることがなくなるので、校舎に放火しようと考え、同月一三日午後五時四〇分頃同校南校舎機械科一年第三学級室の北側東寄隅の板壁に同室内にあつた塵箱を接置したうえに新聞紙数枚を置き、所携のマッチで右新聞紙に点火したため、新聞紙から塵箱に延焼させて板壁に燃えあがらせ、よつて、同校舎一棟のうち壁板、天井板約五平方米を焼燬した

第二、同級生のYが授業中教科書やノート等の借用方を申し入れて迷惑をかけたり、その他学校内に恐喝、暴行、喫煙等の悪事が横行しているので、校舎が火事になれば、生徒が調べられ悪事が発覚するものと考えて、同校舎に放火しようと決意し、同年一二月六日午後七時過頃同校南校舎商業科一年第一七学級南側窓附近の板壁に同教室内にあつた塵箱を横斜に立てかけたうえ、その内部に新聞紙数枚を押し込み、所携のマッチでこれに点火したため、新聞紙から塵箱及び板壁に燃えあがらせ、よつて同校舎一棟のうち板壁約一・〇八平方米を焼燬した

第三、近視眼のため柔道の動作がにぶいとかねて先生から叱られていたので、柔道室が焼ければよいと思うようになつたうえ、同室に放火しようと考え、昭和三八年一月二六日午後九時二〇分頃同校北校舎教員室において、○林教諭の机内から持ち出したマッチを擦つて柔道室の鍵を探していた際、使用した火のついたマッチの軸を同教員室東側北○教論の机下の塵籠に役げ棄てたため、火は塵籠内の紙片に燃え移り、少年はすぐこれに気付いたうえ、容易にこれを消火することができたにもかかわらず、教員室が焼けてもよいと考えて、これを放置したままその場を逃走し、よつてまもなく塵箱から書類箱、壁板に燃えあがらせて同校舎一棟のうち約九〇〇平方米を焼燬した

第四、前記第二記載と同様の動機から同校に放火しようと考え同年二月一三日午前七時四〇分過頃同校南校舎東側階段下配電室内に円筒状に巻置いてあつたトタン板内に自宅より携行してきた新聞紙数枚を入れ、これに点火すれば、すぐ天井板に燃え移るようにしたうえ、所携のマツチで新聞紙に点火したが、直ちに同校生徒に発見消火されたため、同配電室天井の一部を燻焼しただけで同校舎を焼燬するに至らなかつた

第五、前記事件によつてもY等がいぜんとして取調べを受けないので、さらに同校に放火しようと考え、同月一五日午前七時五〇分頃同校南校舎二階講堂の教壇右側に置いてあつたオルガンに接し、自宅より携行してきた新聞紙数枚を丸めて置いたうえ、右新聞紙に接してローソクを立て、これに点火すれば、ローソクから新聞紙、オルガンに燃え移らせてその附近の板床等に延焼させるようにしたうえ、所携のマッチでローソクに点火したが、同校生徒に発見消火されたため、右オルガンを焼き、さらにその附近の床板の一部を燻焼しただけで同校舎を焼燬するに至らなかつた

ものである。

少年の右所為は刑法第一〇八条(なお第四、五の事実につき同法第一一二条)に該当する。

(処遇理由)

少年は実父○雄、実母○子の間に生れたが、少年が二歳の時実母は病死し、まもなく実父と再婚した継母△子のもとで養育され平穏な生活を送つていた。しかし昭和二八年五月継母に子女が出生したところ、継母の態度が一変し、ささいなことで少年を折かんしたり、自己の子女には種々のものを与えて溺愛しながら少年には他人行儀で少年を冷遇し、邪魔者あつかいするようになつたが、無口で温和な実父は継母の右のような態度を察知して秘かに心を痛めていたけれど、積極的に改善の方法を考えず傍観していたため、少年は内攻的、消極的となり家庭生活においては融和性を欠き、小学生生活においては友人をもつこともなく、孤独な生活を送つていたが小学校六年生のとき遂いに苦痛と孤独にたえきれず二回にわたり家出(うち一回は埼玉の親戚に行つていた)をするに至つた。中学入学後も、継母の態度が変らなかつたため、学問に身が入らず成績不振であつたが、昭和三四年六月継母△子が出奔して、新たに継母×子(厳格なところがあるが前継母より温和である)が入家したので少年はやや落着を取り戻したけれど、家族関係の非融和性は改たまらず、学校生活においても友人との接触を避け、学用品の貸借り等は極度に嫌う面があつた。

以上のような少年の生育歴が少年の人格形成に影響し、少年の性格上の歪みは甚しいものがある。即ち対人接触が非常に後退的で、非社会性が甚しく疎通性を欠き一種の神経症的反応が強い。また反面情意面の発散傾向としては自己顕示欲求が強く、その欲求を直接表出する気力や活動性がなく、幼児的で未熟な課題解決に走ることが多く、思いあがり、自己合理化等自己中心的な面が著しい。そして性格の右二面性がからみあつているため現実行動は非常に不安定で、とつぴな行動様式をとる傾向が強く表われている。

少年は本件放火の根本的、一般的動機として、学級内に喫煙暴力恐喝等悪事が横行し、少年を含む弱者が泣寝入りをしているが先生は全くそれを知らないから事件を起せば右悪事が発覚するものと考えたためであり、具体的、個別的動機として、前掲記載のとおりであるというが、放火の当日またはその近日に簿記やソロバン等の試験が施行される予定になつていた事実があることから、必ずしも少年の陳述する動機だけによるものではないと推認するに難くない。そして動機に対する右陳述は現実行動に対する自己合理化の表現とみられるが、たとえ陳述のような動機によるものとしても直接的に課題解決の方法を考えようとしないで放火というとつぴな行動様式により課題を解決しようとしたことは少年の性格上の問題点として指摘した前示諸点の表現によるものと説明するほかないようである。

少年は現在までの取調べによつて明るみに出された悪事は一部にすぎないから本件放火の目的は達せられていないと述べ、本件非行の重大性について十分認識することもなく、罪悪感も乏しい。保護者は少年が反省しているなら温かく迎るという程度で、積極的に監護教育する手段を考慮しておらず、従つて少年を善導する能力は十分とは認め難い。

以上のとおり少年の性格上の歪みは甚しいものがあり、かつその環境にかんがみ在宅保護による改善の見込は極めて乏しいので、この際少年を少年院に収容して矯正教育を施し、正常な判断能力と健全な社会生活に適応し得る能力を養うことが必要であると思料する。

よつて少年法第二四条第一項第三号、少年審判規則第三七条第一項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 近藤繁雄)

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